1.はじめに – SaMDが日本の医療にもたらすパラダイムシフト
医療研究者、そして未来の医療人を育てる薬学部教員の皆様、日々の研究・教育活動、誠にお疲れ様です。近年、医療の世界では「第4の治療法」とも呼ばれる新しいモダリティが急速に台頭しているのをご存知でしょうか。それが、SaMD(Software as a Medical Device:プログラム医療機器)です。SaMDとは、ソフトウェアそのものが医療機器としての機能(診断、治療、予防)を持つものを指します。スマートフォンアプリやAI解析プログラムなどが、医薬品や従来の医療機器と同じように、病気の治療や診断に用いられる時代が到来したのです。本記事では、トップクラスの専門家として、2025年7月現在の日本におけるSaMDの承認状況、特に保険適用され臨床現場で活用が始まった治療用アプリ(DTx)の最前線、そして今後の展望について、研究・教育の視点を交えながら、深く、そして分かりやすく解説していきます。
なぜ今、SaMDがこれほどまでに注目を集めているのでしょうか。その背景には、超高齢社会における医療費の増大、生活習慣病の蔓延、そして個々の患者に最適化された医療(プレシジョン・メディシン)への強いニーズがあります。SaMDは、患者の日常生活に寄り添い、継続的なデータ収集と個別化されたフィードバックを提供することで、従来の治療法では介入が難しかった「行動変容」を促すことができます。これにより、治療効果の向上だけでなく、医療の効率化や医療費の抑制にも貢献する可能性を秘めているのです。この記事を通して、皆様の研究テーマのヒントや、学生への新しい教育の切り口を見つけていただければ幸いです。
2.【2025年最新】国内で承認されたSaMDの全体像
2025年7月現在、日本で医薬品医療機器総合機構(PMDA)から承認を受けているSaMDは、大きく2つのカテゴリーに分類できます。一つは、Apple Watchなどのウェアラブルデバイスに搭載され、心拍の異常などを検知する「診断支援・モニタリング系SaMD」。もう一つは、医師の処方のもとで特定の疾患治療を行う「治療用アプリ(Digital Therapeutics: DTx)」です。この二つの流れは、日本のデジタルヘルスケアの進化を象徴しています。初期はコンシューマー向けの診断支援系が中心でしたが、近年ではDTxが次々と承認・保険適用され、本格的な「デジタル治療」の時代が幕を開けました。
2.1. 主要な承認済みSaMDリスト(2025年7月23日時点)
現在、国内で承認されている代表的なSaMDを以下に示します。研究者の皆様にとっては、これらの製品がどのような臨床試験を経て承認に至ったのか、その評価指標や試験デザインも興味深い点ではないでしょうか。
【診断支援・モニタリング系】
一般的名称 | 販売名 | 製造販売業者 | 承認番号 |
家庭用心電計プログラム | Appleの心電図アプリケーション | Apple Inc. (パシフィックブリッジメディカル株式会社) | 30200BZI00020000 |
家庭用心拍数モニタプログラム | Appleの不規則な心拍の通知プログラム | Apple Inc. (パシフィックブリッジメディカル株式会社) | 30200BZI00021000 |
家庭用心拍数モニタプログラム | Appleの心房細動履歴プログラム | Apple Inc. (ヴォーパル・テクノロジーズ株式会社) | 30600BZI00010000 |
家庭用体動情報解析プログラム | Appleの睡眠時無呼吸の兆候の通知プログラム | Apple Inc. (ヴォーパル・テクノロジーズ株式会社) | 30600BZI00017000 |
家庭用心電計プログラム | HUAWEIの心電図アプリケーション | Huawei Device Co., Ltd. (株式会社ICST) | 30600BZI00035000 |
家庭用心電計プログラム | Garminの心電図アプリケーション | ガーミンジャパン株式会社 | 30700BZX00063000 |
【治療用アプリ(DTx)系】
一般的名称 | 販売名 | 製造販売業者 | 承認番号 |
ニコチン依存症治療補助プログラム | CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー | 株式会社CureApp | 30200BZX00271000 |
高血圧症治療補助プログラム | CureApp HT 高血圧治療補助アプリ | 株式会社CureApp | 30400BZX00100000 |
不眠障害用治療支援プログラム | サスメド Med CBT-i 不眠障害用アプリ | サスメド株式会社 | 30500BZX00032000 |
アルコール依存症治療補助プログラム | CureApp AUD 飲酒量低減治療補助アプリ | 株式会社CureApp | 30600BZX00122000 |
このリストからも、ウェアラブルデバイスによる心血管系モニタリングと、生活習慣病や精神・神経疾患を対象とした治療用アプリが、現在のSaMD市場の二本柱であることが明確に見て取れます。
3.保険適用のインパクト – 治療用アプリ(DTx)の現在地
SaMDが単なる健康管理ツールではなく、正式な「治療」として認められる上で、公的医療保険の適用は最も重要なマイルストーンです。日本では、2020年のCureApp SCを皮切りに、現在4つの治療用アプリが保険収載されています(CureApp AUDは2025年9月予定)。これは、これらのアプリが臨床試験によって有効性と安全性が証明され、費用対効果の観点からも医療制度に組み込む価値があると判断されたことを意味します。この事実は、新たな臨床研究のターゲットとして、また薬物療法に並ぶ治療選択肢として、極めて大きな意義を持っています。
3.1. 国内保険適用DTxのパイオニアたちとその意義
日本初の保険適用DTxとなったのは、株式会社CureAppが開発した「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」です。2020年12月に保険適用され、禁煙外来で医師の指導と併用されます。このアプリは、患者が次の診察までの「空白期間」に陥りがちな心理的依存に対し、個別化されたチャット形式のガイダンスを提供し、禁煙継続をサポートします。従来の禁煙補助薬と異なる作用機序、すなわち行動変容の側面からアプローチする点が画期的であり、薬物療法と併用することでより高い治療効果が期待されています。続く「CureApp HT 高血圧治療補助アプリ」も同様に、食事や運動、睡眠といった生活習慣の改善を患者自身が主体的に行えるよう支援し、降圧効果が臨床試験で証明されました。
3.2. 精神・神経科領域の扉を開いた「CureApp AUD」と「サスメド Med CBT-i」
特に注目すべきは、精神・神経疾患領域へのDTxの展開です。2025年9月に保険適用が予定されている「CureApp AUD アルコール依存症治療補助アプリ」は、減酒を目標とする患者に対し、日々の飲酒記録や心理状態に基づいた支援を行うことで、行動変容を促します。精神療法へのアクセスが限られる中で、アプリがそのギャップを埋める役割を担うことが期待されています。また、2023年12月に保険適用されたサスメド株式会社の「サスメド Med CBT-i 不眠障害用アプリ」も重要です。これは、不眠障害に対する第一選択の非薬物療法でありながら、実施できる専門家が少ない「認知行動療法(CBT-i)」をアプリで提供するものです。これにより、睡眠薬に頼らない治療選択肢が、より多くの患者に届く道が拓かれました。これらのDTxは、薬物療法が中心だった同領域に、新たな治療パラダイムをもたらす可能性を示唆しています。
4.水面下で進む開発競争 – 次世代SaMDのパイプライン
保険適用事例の登場は、開発の追い風となっています。現在、製薬企業からITスタートアップまで、多くのプレイヤーが次世代SaMDの開発にしのぎを削っています。特に、既存の医薬品との連携や、アンメット・メディカル・ニーズ(未だ満たされていない医療ニーズ)の高い疾患領域への挑戦が活発化しています。研究者の皆様にとっては、これらの開発動向の中に、共同研究や新たな研究シーズの発見につながるヒントが隠されているかもしれません。
4.1. 大手製薬企業の参入と戦略 – 医薬品とのシナジーを求めて
製薬企業にとって、SaMDはもはや無視できない存在です。自社の医薬品とDTxを組み合わせることで、治療効果を最大化する「デジタル・バイオマーカー」や「コンパニオン・アプリ」としての活用が期待されています。例えば、塩野義製薬は、小児のADHD(注意欠如・多動症)を対象とした治療用アプリの製造販売承認を申請中です。これは、認知行動療法をベースとしたゲーム形式の介入で、既存の薬物療法と併用あるいは代替する新たな選択肢となる可能性があります。また、田辺三菱製薬はうつ病、アステラス製薬は2型糖尿病を対象とした治療アプリを開発しており、各社が重点領域とする疾患において、医薬品だけではカバーしきれない患者のQOL(生活の質)向上や行動変容を目指す戦略が見て取れます。
4.2. スタートアップが拓く多様な治療領域
この分野のイノベーションを牽引しているのは、CureAppやサスメドのような機動力のあるスタートアップです。CureAppは、ニコチン依存症、高血圧、アルコール依存症に続き、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)やがん、慢性心不全、慢性腰痛症といった、さらに多様な疾患領域のパイプラインを有しています。また、株式会社MICINは過敏性腸症候群(IBS)やがん領域、emol株式会社は強迫症(OCD)、Hedgehog MedTech株式会社は片頭痛など、特定の疾患に特化したユニークな治療アプリ開発を進めています。これらの動きは、SaMDが巨大なプラットフォームだけでなく、個別化されたニッチなニーズにも応えうる柔軟なモダリティであることを示しています。
5.SaMDを取り巻く制度と今後の課題 – 研究者が知るべきこと
SaMDという新しい医療機器を社会実装するためには、技術開発だけでなく、規制や評価の仕組みを整備することが不可欠です。PMDAや厚生労働省も、この新しい波に乗り遅れまいと、審査プロセスの迅速化や新たな評価軸の導入を急いでいます。医療研究者や薬学教育者としては、これらの制度的背景を理解しておくことが、今後の研究計画や教育内容を考える上で極めて重要になります。
5.1. 迅速化する承認審査と新たな認証制度
PMDAは、SaMDの特性に合わせた迅速な審査体制として「DASH for SaMD」などを運用しています。さらに、一定の実績が蓄積されたSaMDについては、個別の承認審査ではなく、第三者機関が基準への適合性を確認する「認証制度」への移行が進められています。これは、開発企業にとっては審査期間の短縮につながり、より迅速な市場投入を可能にします。一方で、AIを搭載したSaMDなど、技術がブラックボックス化しやすい製品の評価手法や、継続的なアップデートをどのようにレギュレーションに組み込むかなど、議論すべき課題も残されています。これらの論点は、医療情報学やレギュラトリーサイエンスの新たな研究テーマとなりうるでしょう。
5.2. 費用対効果とリアルワールドデータ(RWD)の重要性
治療用アプリの保険償還価格を決定する上で、「費用対効果評価」は重要な論点です。アプリの導入によって、将来的な薬剤費や入院費がどれだけ削減できるのか、その価値を客観的なデータで示す必要があります。承認前の臨床試験データ(RCT)だけでなく、保険適用後に実際の臨床現場で収集される「リアルワールドデータ(RWD)」の活用が、今後ますます重要になります。どのようなデータを、どのように収集・解析し、SaMDの真の価値を証明していくか。これは、臨床疫学や医療経済学の研究者にとって、非常に挑戦的で魅力的な研究領域と言えるでしょう。市販後調査(PMS)のあり方も、医薬品とは異なるSaMDの特性を考慮した新しい枠組みが求められています。
5.3. 海外(DiGAなど)との比較から見える日本の課題と可能性
目を海外に転じると、ドイツでは「DiGA(Digitale Gesundheitsanwendungen)」という治療用アプリの早期承認・保険償還制度が先行しています。DiGAは、安全性の要件を満たせば、有効性の証明が不十分でも暫定的に保険適用を認め、1年間のRWD収集期間を経て本適用を判断するという画期的な仕組みです。アメリカやEUでもDTxの承認は進んでおり、日本の承認数はまだ少ないのが現状です。しかし、日本の質の高い臨床研究基盤や国民皆保険制度は、質の高いエビデンスを構築し、DTxを普及させる上で大きな強みとなり得ます。海外の先進的な制度から学びつつ、日本の実情に合った制度をいかに構築していくかが、今後の国際競争力を左右する鍵となります。
6.まとめ – SaMDが拓く医療研究と教育の新たなフロンティア
本記事では、2025年7月時点の日本におけるSaMD、特に治療用アプリ(DTx)の承認・保険適用状況と、その背景にある開発動向、制度的課題について解説してきました。心電図モニタリングから始まり、禁煙、高血圧、不眠障害、アルコール依存症へと、SaMDがカバーする領域は着実に拡大しています。これは、単に新しいツールが増えたということではありません。患者の日常生活に介入し、行動変容を促すことで疾患を管理・治療するという、医療における新たなパラダイムシフトの始まりです。
医療関係者の皆様にとって、SaMDは宝の山です。その臨床的有効性を検証する新たな試験デザインの考案、RWDを用いた長期的な効果測定、費用対効果の精緻な分析など、探求すべき研究テーマは無数に存在します。薬学部教員の皆様にとっては、学生たちに医薬品だけでなく、SaMDという新しい治療モダリティの科学的根拠、作用機序、適正使用について教育する責務が生まれています。デジタルリテラシーと臨床的視点を併せ持った次世代の医療人の育成が、今まさに求められています。この急速に進化する分野の最前線を常に捉え、皆様の研究と教育の一助となる情報を提供し続けたいと思います。
免責事項
本記事に掲載された情報は、作成時点において信頼できる情報源に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、最新性を保証するものではありません。この記事は情報提供のみを目的としており、医学的な診断、治療、または専門的なアドバイスに代わるものではありません。医療に関する具体的な判断や行動については、必ず医師や薬剤師などの資格を持つ専門家にご相談ください。本記事の情報を利用したことによって生じたいかなる損害や不利益についても、筆者および発行元は一切の責任を負いません。
本記事は生成AIを活用して作成しています。内容については十分に精査しておりますが、誤りが含まれる可能性があります。お気づきの点がございましたら、コメントにてご指摘いただけますと幸いです。
Amazonでこの関連書籍「プログラム医療機器入門 製品事例、薬事、保険、海外規制、業界団体の動向」を見る