医療DX×HL7 FHIR最前線：電子カルテ情報共有サービスで変わる診療と研究

１．はじめに：医療DXを支える “共通言語” FHIR

2025年度、日本の医療DXは電子カルテ情報共有サービスの稼働を契機に実装フェーズへ移行します。ここで要となるのが国際標準HL7 FHIR（Fast Healthcare Interoperability Resources）です。FHIRはWeb開発で一般的なJSON・RESTを採用しており、既存の医療情報規格に比べて軽量で扱いやすい点が大きな特長です。

２．HL7 FHIRとは Web技術で広がる医療情報交換

FHIRは「患者」「検査結果」などを細かなリソースとして定義し、HTTP APIで必要な情報を取得・更新できる仕組みです。これにより電子カルテ、PHR、AI解析基盤など多様なシステムが同じフォーマットで会話できるようになります。

３．電子カルテ情報共有サービスの現状

厚生労働省は2025年度から電子カルテ情報共有サービスを全国展開します。閲覧できるのは①診療情報提供書②健診結果③患者6情報④患者サマリーの4サービスで、全国どこでも同一UIで参照できます。

４．稼働に向けた準備――概要案内_v1.0とベンダ対応

2025年3月21日には概要案内_v1.0が公開され、対応ベンダ一覧も同時に公表されました。医療機関は補助金を活用しながらシステム改修を進めています。

５．症例収集事業：標準化データで研究を加速

FHIR化されたレジストリは、施設間でデータ構造が揃うため大規模解析が容易になります。モデル事業の評価項目にも「二次利用促進」が掲げられ、AI創薬やリアルワールドエビデンス研究の基盤強化が期待されています。

６．地域医療ネットワーク：搬送先でも途切れない診療情報

全国9地域で始まったモデル事業では、救急搬送先の病院でも患者履歴が即時参照できる体制を検証中です。これにより重複検査の削減や治療の迅速化が見込まれます。

７．PHR連携：マイナポータルと手のひらのカルテ

マイナポータルと連動するPHRアプリでは、薬剤情報や健診結果を患者自身が確認・共有できます。NECなどがクラウド経由のFHIR APIで医療情報銀行を実証し、自己決定型ヘルスケアの可能性を示しました。

８．情報銀行とデータポータビリティの将来

PDS（Personal Data Store）にFHIRデータを保管し、同意に基づき研究機関へ提供する仕組みづくりが進行中です。将来的には個人が自分の医療データを自在に移動・活用できる社会インフラが構築される見込みです。

９．日本版実装ガイド――JP Core と JP‑CLINS

国内実装の指針となるJP Coreは現在Ver 1.1.2が正式版で、2024年末に1.2.0aのパブリックコメント版が公開されました。電子カルテ情報共有専用のJP‑CLINSガイドも1.10.0（2025年1月）まで改訂が進んでいます。

9.1. 技術課題① セキュリティ

FHIR APIはOAuth 2.0／OpenID Connectで保護されますが、細粒度アクセス制御や監査証跡の実装が不可欠です。とくにPHRや情報銀行では本人同意の状態管理が技術・運用の両面で課題になります。

9.2. 技術課題② 相互運用性とコード体系

FHIRは自由度が高いため、JP Coreでプロファイルを厳格に指定してもローカル拡張が乱立すると互換性が損なわれます。標準コード（ICD‑10、YJコード等）の正しいマッピングとバリデーションが鍵となります。

9.3. 技術課題③ 国際標準との整合

今後正式リリースが見込まれるFHIR R5系とのギャップ分析が必要です。日本独自拡張を極力抑え、将来のクロスボーダー連携に備えることが医療DXの国際競争力を左右します。

１０．研究・教育現場への波及効果

薬学部や医療系学部では、FHIR形式データを直接読み込む実習が可能になります。データ取得→前処理→機械学習まで一貫して“標準API呼び出し”で完結するため、教育コストを大幅に削減できます。

１１．産学連携の新潮流

ベンダはFHIR対応ミドルウェア（例：HeDX ETL）を提供し、研究機関は解析アルゴリズムの開発に専念できる状況が生まれています。標準化を前提としたAPIエコノミーが医療分野でも本格化しつつあります。

１２．ガバナンスと倫理

データの再同意・匿名化に関する指針は現在も改訂が進んでいます。研究者は技術仕様だけでなく倫理的・法的要件を体系的に理解し、IRB審査時にFHIR準拠の利点を明示する必要があります。

１３．今後の展望――スマートクリニカル&地域包括ケア

FHIRが地域包括ケアシステムや介護DXに拡張されれば、レセプト・介護DBとのクロス解析が可能になります。多職種連携の現場で“同じデータを見て議論する”文化が根付くことが期待されます。

１４．まとめ

HL7 FHIRは医療DXの基盤技術として「標準化」「共有」「利活用」を同時に進める推進エンジンです。電子カルテ情報共有サービスの本格稼働を契機に、症例収集、地域医療、PHR、情報銀行など多層的なユースケースが拡がっています。研究者・教育者は、この潮流を捉えて次世代ヘルスケアを設計する立場にあります。

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