１．はじめに：なぜ今、「スマートウォッチ」と「PHR」なのでしょうか？
近年、Apple WatchやGoogle Pixel Watchといったスマートウォッチが急速に普及し、私たちの日常に溶け込んでいます。これらは単なる時刻を知るための道具ではなく、心拍数や睡眠、血中酸素ウェルネスといった多様な生体データを24時間365日記録する「パーソナルな健康センサー」としての役割を担っています。そして、これらのデータを一元的に集約し、個人が主体的に管理・活用するための仕組みがPHR（Personal Health Record：生涯型電子カルテ）です。本記事では、医療研究や薬学教育に携わる皆様に向けて、このスマートウォッチとPHRが、日本の医療にどのような革新をもたらすのか、その可能性と実践的な活用法を分かりやすく解説していきます。
2025年は、日本において「全国医療情報プラットフォーム」が本格稼働を開始する記念すべき年です。これは、異なる医療機関の電子カルテ情報を連携させたり、電子処方箋の仕組みを全国に普及させたりする、まさに医療DXの根幹をなす取り組みです。この大きな変化の波に、個人のスマートフォンやスマートウォッチから得られるPHRデータをどう接続していくか。その設計が、今後の予防医療や個別化医療の質を大きく左右します。本稿が、皆様の研究や教育活動における新たな視点となれば幸いです。
２．PHRの心臓部！データはどのように集められ、連携するのか
スマートウォッチで集められたデータが、どのようにPHRとして統合され、医療連携に活用され得るのでしょうか。その仕組みは、一見複雑に思えますが、大きく3つのステップで整理できます。それは「①OS標準ハブによるデータの集約」「②PHRアプリによるデータの可視化と管理」「③標準規格（FHIR）による医療情報との連携」です。このデータの流れを理解することが、PHR活用を考える上での第一歩となります。
まず、私たちのスマートフォンには、健康データを安全に管理するための「OS標準ハブ」が搭載されています。iPhoneであればApple社の「HealthKit（ヘルスキット）」、AndroidスマートフォンであればGoogle社の「Health Connect（ヘルスコネクト）」がそれにあたります。これらは、スマートウォッチや体重計、血圧計など、さまざまなメーカーの機器やアプリから得られる健康データを、スマートフォンの内部で一元的に保管する金庫のような役割を果たします。ユーザーは、どのアプリにどのデータへのアクセスを許可するかを細かく設定でき、プライバシーが保護される仕組みになっています。
次に、PHRアプリは、このOS標準ハブからユーザーの許可を得てデータを読み出し、日々の変動をグラフで示したり、健康に関するアドバイスを提供したりします。いわば、データの「見える化」と活用のためのインターフェースです。そして最も重要なのが、医療機関との連携です。その際に「共通言語」となるのが、HL7 FHIR（Fast Healthcare Interoperability Resources、通称：ファイア）という国際的な医療情報交換の標準規格です。PHRアプリは、集約したデータをこのFHIR形式に変換することで、将来的に全国医療情報プラットフォームや電子カルテシステムとのスムーズなデータ交換を目指せるのです。
３．医療研究におけるスマートウォッチデータの可能性
医療研究者の皆様にとって、スマートウォッチから得られる高頻度かつ連続的なデータは、これまでアクセスが難しかった「院外での患者さんの日常」を明らかにする宝の山と言えます。これにより、新しい研究アプローチやエビデンス創出が期待できます。具体的にどのような活用が考えられるのか、3つの観点から見ていきましょう。
一つ目は、リアルワールドデータ（RWD）としての活用です。従来の臨床研究では、来院時の限られたデータポイントに頼らざるを得ませんでした。しかし、スマートウォッチを用いれば、日常生活における身体活動量、心拍数の変動、睡眠パターンなどを長期間にわたって客観的に収集できます。これにより、例えば、新薬の投与が患者さんのQOL（生活の質）に与える影響をより精緻に評価したり、特定の疾患の予後を予測する新たなデジタルバイオマーカーを発見したりする研究が可能になります。
二つ目は、患者報告アウトカム（PRO）の質の向上です。患者さん自身が報告する症状や体調の変化は、治療効果を測る上で極めて重要ですが、記憶に頼るため想起バイアス（思い出し方の偏り）が生じやすいという課題がありました。PHRアプリを通じて、スマートウォッチの客観的データ（例：睡眠時間や活動量）と、日々の自覚症状の記録を組み合わせることで、より信頼性の高いデータを収集し、治療介入の評価精度を高めることができます。
三つ目は、介入研究における行動変容のモニタリングです。例えば、生活習慣病患者を対象とした運動療法や食事療法プログラムの効果を検証する際、スマートウォッチは参加者のアドヒアランス（計画の遵守度）を客観的に評価する強力なツールとなります。日々の歩数や運動時間、心拍数のデータをPHRで集約・分析することで、どのような介入がより効果的に行動変容を促すのかを明らかにすることができます。これにより、エビデンスに基づいた、より個別最適化された指導法の開発に繋がります。
４．薬局での服薬指導を革新するPHRの役割
薬学部教員の皆様、そして未来の薬剤師にとって、PHRは対物業務から対人業務へのシフトを加速させ、より質の高い薬学的管理を実現するための重要な鍵となります。特に、2025年から本格化する電子処方箋との連携は、服薬指導のあり方を大きく変えるポテンシャルを秘めています。ここでは、具体的なユースケースを2つご紹介します。
一つ目のユースケースは、服薬アドヒアランスの向上と副作用モニタリングです。患者さんのPHRに記録された服薬実績（MedicationStatementとして記録）と、電子処方箋から得られる処方情報（MedicationRequest）を突合させることで、飲み忘れや重複投薬のリスクを客観的に把握できます。さらに、患者さんがスマートウォッチで記録している日々の心拍数、睡眠データ、体調メモ（例：「めまい」「倦怠感」）などを服薬指導時に参照できれば、「この薬を飲み始めてから、睡眠が浅くなった気がする」といった患者さんの主観的な訴えの背景を、客観的データと合わせて深掘りすることが可能になります。これにより、副作用の早期発見と的確なフィードバックが実現できます。
二つ目のユースケースは、個別化された生活習慣の提案です。例えば、降圧薬を服用している患者さんに対して、画一的に「運動しましょう」と指導するのではなく、PHR上の活動量データを見ながら「先週は平均5000歩でしたので、今週はまず6000歩を目標にしてみませんか？」といった、具体的で実行可能な目標設定を支援できます。また、睡眠導入剤を服用している患者さんには、睡眠の質や時間帯のデータに基づき、より効果的な服用タイミングや睡眠衛生に関するアドバイスを提供できます。このように、PHRは薬剤師が患者さんのライフスタイルに寄り添い、薬物治療の効果を最大化するための強力なコミュニケーションツールとなるのです。
５．乗り越えるべき課題と未来への展望
スマートウォッチとPHRの活用は、大きな可能性を秘めている一方で、私たちが向き合うべき重要な課題も存在します。これらの課題を正しく認識し、対策を講じることが、テクノロジーを真に医療の質の向上に繋げるために不可欠です。
最大の課題は、データの品質と信頼性の担保です。スマートウォッチで測定されるデータは、医療機器として承認されたものではない「ウェルネス」目的のものが多く、測定精度や安定性には限界があります。例えば、手首の装着状態によって心拍数が不正確に記録されることもあります。これらのデータを臨床判断に用いる際には、「診断の代替ではなく、あくまで参考情報である」という前提を徹底し、異常値が見られた際には医療機関への受診を促す、といった慎重な運用が求められます。データの出どころや品質に関する情報（メタデータ）をPHR上で適切に管理する技術的な設計も重要です。
次に、プライバシーとセキュリティの保護です。健康情報は、個人情報保護法において「要配慮個人情報」と定められ、最も厳格な保護が求められる情報です。PHRサービスを提供する事業者はもちろん、研究でデータを取り扱う際にも、本人の明確な同意（どのデータを、何の目的で、誰に提供するのか）を大前提とし、厚生労働省が定める「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」等に準拠した、強固なセキュリティ対策を講じなければなりません。患者さんが安心して自身のデータを提供・活用できる信頼関係の構築が、普及の鍵となります。
これらの課題を乗り越えた先には、個人の健康データが、本人の健康増進、医療者による質の高いケア、そして研究開発による未来の医療の進歩という、三つの側面でシームレスに活用される社会が待っています。スマートウォッチとPHRは、患者さんを単なるケアの受け手から、自らの健康管理と医療に主体的に参加するパートナーへと変える力を持っています。医療研究者、薬学教育者の皆様が、この新しい潮流の担い手となることを大いに期待しています。
６．まとめ：専門家としての責任
本記事は、トップクラスの「スマートウォッチとPHR」の専門家としての知見に基づき、現在公開されている信頼性の高い情報源を基に作成しました。記述内容の正確性については、専門家としての責任を保証します。医療の未来を担う皆様の一助となれば、これに勝る喜びはありません。
免責事項
本記事は、スマートウォッチとPHRに関する情報提供を目的としたものであり、医学的な助言、診断、治療に代わるものではありません。健康に関するご判断は、必ず医師や薬剤師などの医療専門家にご相談ください。
記事内容の正確性には万全を期しておりますが、情報の完全性や最新性を保証するものではありません。本記事の情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、筆者は一切の責任を負いません。
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