先進的なAI創薬ラボで研究に取り組む科学者たちと大型モニターに映し出された人体と分子構造のデジタル解析図

AI創薬の最前線と未来展望 – Isomorphic Labsの挑戦から日本の大学・研究機関の役割まで

1.はじめに:創薬研究、歴史的転換点の幕開け

2025年、私たちは創薬研究における歴史的な転換点に立っています。Google DeepMindからスピンアウトしたIsomorphic Labsが、AIによってゼロから設計された新薬候補のヒト初回投与臨床試験を年内に開始すると発表したからです。これは単なる技術ニュースではないと思います。10年以上の歳月と数百億円もの開発費、そして90%以上の失敗確率という従来の創薬が抱えてきた巨大な壁を、人工知能が打ち破る可能性を現実世界で検証する、壮大な実験の始まりを意味する可能性があります。医療関係者として、また未来の薬学を担う人材を育てる教員として、この地殻変動の本質を理解し、今後の研究や教育にどう活かしていくべきかについて、本記事では、その基本概念から技術の最前線、国内外の動向、そして私たちが直面する課題と未来の役割について、分かりやすく解説していきたいと思います。

この記事を読み終える頃には、AI創薬がもたらすパラダイムシフトの全体像を掴み、ご自身の研究や教育における次の一手を考えるための確かな視座を得られると思います。

2.そもそもAI創薬とは? 従来プロセスからの劇的な進化

AI創薬という言葉を理解するためには、まず従来の創薬プロセスがいかに長く、険しい道のりであったかを再確認する必要があります。新しい医薬品が患者さんの元に届くまでには、平均して10年から15年の歳月と、一説には1000億円を超える巨額の投資が必要とされています。そのプロセスは、病気の原因となるタンパク質などの「標的」を探すことから始まり、その標的に作用する何百万もの化合物の中から有望な「ヒット化合物」を見つけ出し、それをより効果的で安全な「リード化合物」へと最適化し、膨大な非臨床試験を経て、ようやく臨床試験(治験)へと進むという、まさに試行錯誤の連続でした。特に、ヒット化合物を見つけ出し、リード化合物へと最適化する段階は研究者の経験と勘に大きく依存しており、成功率は極めて低いことが知られています。

ここに革命をもたらすのがAI創薬です。AI、特に機械学習や深層学習(ディープラーニング)といった技術を活用し、このプロセス全体を劇的に効率化・高速化します。例えば、膨大な論文データやゲノム情報を解析して新たな創薬標的を予測したり、標的タンパク質の立体構造を高精度に予測したり、さらにはその構造にぴったりと結合し、かつ体内で優れた動態(ADMET:吸収・分布・代謝・排泄・毒性)を示す化合物の構造をコンピュータ上でゼロから生成したりすることが可能になります。これは、研究者の仮説検証サイクルを高速化するだけでなく、人間の思考の枠を超えた全く新しい分子構造を提案し、創薬の可能性そのものを広げるアプローチなのです。

3.ゲームチェンジャー「AlphaFold」が拓いた道とIsomorphic Labsの挑戦

AI創薬の流れを決定的に変えたのが、2020年にGoogle DeepMindが発表した「AlphaFold」です。アミノ酸配列の情報だけから、タンパク質の3次元立体構造を驚異的な精度で予測するこのAIは、生命科学の長年の課題を解決し、生物学のあり方を一変させました。これまでX線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡などの実験手法で数ヶ月から数年かかっていた構造決定が、数分から数時間で可能になったことで、創薬研究者は、ターゲットとするタンパク質の「鍵穴」の形を瞬時に、そして正確に把握できるようになりました。Isomorphic Labsは、このAlphaFoldの成功を礎に設立され、その技術をさらに発展させています。

Isomorphic Labsの核心は、単に構造を「見る」だけでなく、その構造情報に基づいて最適な「鍵」、すなわち医薬品候補となる化合物を「創る」ことにあります。同社が開発を進めるAIプラットフォームは、最新の「AlphaFold 3」のようなモデルを駆使し、タンパク質だけでなくDNAやRNA、さらには候補薬物との複雑な相互作用までをシミュレーションします。そして、生成AI(Generative AI)の技術を用いて、標的タンパク質に強く結合し、かつ副作用の原因となる他のタンパク質(オフターゲット)には結合しにくい、理想的な特性を持つ分子構造を自律的に設計・提案します。これは、AIが24時間365日、膨大な計算を通じて最適な解を探索する「in silico(インシリコ:コンピュータ内での)」創薬であり、従来の研究者が実験室(ウェットラボ)で行っていた試行錯誤のプロセスを根本から覆す可能性を秘めていると考えられます。

4.世界が注目するAI設計薬の臨床試験とその歴史的意義

Isomorphic Labsが2025年末までに開始を予定している第I相臨床試験は、このAI主導の創薬アプローチが、現実のヒトにおいて安全かつ有効であるかを検証する最初の重要な試金石となります。主な対象は「がん治療薬」とされており、同社が製薬大手のNovartis(ノバルティス)やEli Lilly(イーライリリー)との提携を通じて開発を進めてきた成果の一つが、いよいよ臨床の場で試されることになります。この臨床試験が成功すれば、そのインパクトは計り知れません。まず、創薬期間が劇的に短縮される可能性があります。AIが設計と最適化を担うことで、従来5〜6年かかっていた前臨床段階までの期間が1〜2年に短縮されるといった報告も出てきており、新薬を待ち望む患者さんへより早く治療を届ける道が開かれる可能性があります。

さらに、開発コストの大幅な削減も期待されます。創薬開発費の多くは、有望に見えた化合物が後の段階で失敗することによって費やされてきました。AIが初期段階で成功確率の高い候補を的確に絞り込み、毒性などの問題を早期に予測できれば、無駄な投資を大幅に減らすことができます。そして何よりも大きな意義は、創薬における「パラダイムシフト」の証明です。AI設計薬の臨床的な成功は、製薬業界全体の研究開発モデルを、従来の経験と実験主導型から、データとAIを駆使する「デジタルバイオロジー」主導型へと転換させる強力な推進力となると考えられます。これは、製薬企業だけでなく、アカデミアの研究者にとっても、自らの研究成果を臨床応用へと繋げる新たなルートが生まれることを意味すると思います。

5.群雄割拠のAI創薬市場 – 世界のスタートアップと日本企業の現在地

Isomorphic Labsの動向は象徴的ですが、AI創薬のエコシステムは既に世界中で急速に拡大しています。市場調査によれば、AI創薬市場は年率30%近い驚異的な成長を遂げており、2030年代初頭には数兆円規模に達すると予測されています。この巨大なビジネスチャンスを巡り、Insilico Medicine(インシリコ・メディシン)やExscientia(エクセンシア)、Schrödinger(シュレーディンガー)といった数多くのAI創薬ベンチャーが、独自のプラットフォームを武器にしのぎを削っています。Insilico Medicineは、AIが発見した特発性肺線維症の治療薬候補で既に臨床第II相試験を進めており、この分野のフロントランナーの一社です。これらの企業は、大手製薬企業との大型提携を次々と締結し、AI創薬がもはやコンセプトではなく、現実のビジネスとして成立していることを示しています。

一方、日本の製薬業界もこの潮流に乗り遅れまいと積極的にAI活用を進めています。例えば、エーザイは独自のAIプラットフォームを構築し、認知症などの神経科学領域で活用しています。中外製薬は、抗体医薬品の設計や臨床開発の効率化にAIを導入し、大きな成果を上げています。武田薬品工業やアステラス製薬、第一三共なども、国内外のAI企業との連携や自社内での専門組織立ち上げを通じて、ビッグデータ解析や創薬研究の加速に取り組んでいます。ただし、欧米のトップランナーと比較すると、AIによる新規分子の「生成・設計」まで踏み込んでいる例はまだ少なく、既存プロセスの「効率化」が中心であることも否めないかもしれません。日本の強みである質の高い基礎研究や臨床データを、いかにして世界レベルのAI技術と融合させ、独自の創薬パイプラインを構築できるかが、今後の国際競争力を左右する鍵となると考えられます。

Step 5: バラ色の未来だけではない – AI創薬が直面する3つの大きな壁

AI創薬の輝かしい未来像の裏で、私たちはいくつかの深刻な課題にも向き合わなければなりません。これらは、医療研究者や教員が特に深く理解し、議論していくべきテーマです。第一の壁は、「ウェットとドライのギャップ」、すなわちコンピュータ(ドライラボ)での予測と、実際の生体(ウェットラボ)での反応との間に存在する隔たりです。AIシミュレーション上では完璧に見える化合物も、実際のヒトの体内という極めて複雑な環境で、予測通りの効果を発揮し、かつ予期せぬ毒性を示さないという保証はありません。特に、AIが生成した従来にない化学構造を持つ化合物については、その長期的な安全性に関するデータが皆無であり、臨床試験では極めて慎重な評価が求められます。

第二の壁は、「規制科学と倫理」の問題です。FDA(米国食品医薬品局)やPMDA(医薬品医療機器総合機構)といった規制当局は、AIを用いて開発された医薬品をどのように評価し、承認すべきか、明確なガイドラインをまだ完全には確立していません。特に、AIの予測モデルがなぜその結論に至ったのかを人間が理解・説明できる「説明可能性(Explainability)」の確保は、規制当局の信頼を得る上で不可欠です。また、学習に用いる患者データのプライバシー保護や、データセットの偏り(バイアス)が特定の集団に不利な結果を生まないようにする「公平性」の担保も、避けては通れない倫理的課題だと思われます。

そして第三の壁が、「人材育成」です。AI創薬を真に推進するためには、生命科学や薬学の深い専門知識と、データサイエンスやAIの高度なスキルを併せ持つ「バイリンガル」な人材が不可欠です。しかし、現状ではこのような人材は世界的に不足しており、育成が急務となっています。薬学部のカリキュラムにデータサイエンス教育を本格的に組み込んだり、医学・薬学系の研究者がAI技術を学ぶためのリスキリングプログラムを充実させたりするなど、教育機関が果たすべき役割は非常に大きいと思われます。

7.研究者・教員に求められる役割とは? 日本のAI創薬戦略と未来への貢献

こうした状況を踏まえ、日本政府もAI創薬を国家戦略の重要な柱と位置づけ、強力な支援策を打ち出しています。経済産業省やAMED(日本医療研究開発機構)が主導する「創薬AIプラットフォーム」の構築プロジェクトでは、製薬企業やアカデミアが持つ創薬データを集約・標準化し、高性能な計算環境と共に提供することで、国全体の創薬力向上を目指しています。令和6年度の補正予算でも、AI創薬基盤の整備や、ファースト・イン・ヒューマン試験を行う施設の強化などに重点的に予算が配分されており、日本のエコシステムを活性化させようという強い意志が感じられます。

このような国家的な後押しの中で、私たち医療研究者や薬学部教員には何が求められているのでしょうか。第一に、AIを「使う側」としてのリテラシー向上が必須です。AIはもはや一部の専門家のものではなく、研究を効率化し、新たな発見をもたらすための強力な「ツール」です。公開されているAlphaFold Serverなどのツールを積極的に活用し、自身の研究テーマとAI技術との接点を探ることが重要になります。第二に、質の高い「データ創出者」としての役割です。AIモデルの精度は学習データの質と量に大きく依存します。質の高い実験データや臨床データを、再利用可能で標準化された形式(FAIR原則:Findable, Accessible, Interoperable, Reusable)で蓄積・公開していくことは、日本のAI創薬全体の競争力強化に直結します。

そして最も重要なのが、次世代を担う「人材の育成」です。薬学教育においては、従来の有機化学や薬理学に加え、プログラミングや統計学、機械学習の基礎を必修科目として導入することが重要だと考えらえます。また、実際の創薬データを用いた演習や、AI創薬企業との共同研究プロジェクトなどを通じて、学生が実践的なスキルを身につける機会を提供することも不可欠だと思われます。私たち自身が学び続け、AIという新しい言語を使いこなし、そしてそれを学生たちに伝えていくことこそが、日本の創薬の未来を切り拓く上で最も確実な投資となる可能性があります。

8.まとめ:AI創薬は医療の未来をどう描き変えるか

Isomorphic LabsによるAI設計薬の臨床試験開始は、AI創薬という物語の序章に過ぎません。これから数年間で、私たちはAIがもたらすであろう数々の成功事例と、同時に新たな課題に直面することになると考えられます。創薬の期間とコストが劇的に圧縮されれば、これまで採算が合わないとされてきた希少疾患や、より個別化された「オーダーメイド医療」の実現が現実味を帯びてきます。AIが生命現象の複雑なネットワークを解き明かせば、単一の標的を狙うのではなく、複数の要因に同時に働きかける、より根源的な治療法の開発にも繋がる可能性があります。

この大きな変革の時代において、私たち医療研究者や薬学部教員は、単なる傍観者であってはならないと思います。AIを使いこなし、質の高いデータを生み出し、そして未来の担い手を育てるという能動的な役割を果たすことで、この歴史的な転換をリードしていくことが可能になると考えられます。AI創薬は、単なる技術革新ではなく、より多くの患者に、より良い治療を、より早く届けるという医療の根源的な使命を達成するための、現代における最もパワフルな希望の一つだと思られます。その可能性を最大限に引き出すために、専門知識と情熱を結集し、未来の創薬研究を共に創り上げていくことが重要だと思われます。

免責事項
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本記事は生成AIを活用して作成しています。内容については十分に精査しておりますが、誤りが含まれる可能性があります。お気づきの点がございましたら、コメントにてご指摘いただけますと幸いです。

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