AI創薬が切り拓く2025年の医療研究と教育の最前線。薬学分野における最新技術と未来像を描く。
「AIが創薬を変える」という言葉がメディアを賑わせてから数年が経ちました。かつては未来の技術として語られたAI創薬は、もはや単なる概念実証(Proof of Concept)の段階を越え、具体的な医薬品候補として患者さんのもとに届く一歩手前、すなわち臨床試験の段階にまで到達しています。新薬開発の成功確率は10%にも満たず、開発には10年以上の歳月と莫大な費用がかかるという長年の課題に対し、AIは光明をもたらす存在として期待されています 。しかしその一方で、過度な期待(ハイプ)が先行した時期を経て、現在はその可能性と同時に、乗り越えるべき多くの現実的な課題も浮き彫りになっています。本記事では、医療研究者および薬学教育に携わる皆様に向けて、2025年現在のAI創薬の最前線を、国内外の動向、それを支えるコア技術、そして現場が直面する課題から未来の展望まで、専門家の視点からステップ・バイ・ステップで詳しく解説します。
AI創薬と一言で言っても、その中核をなす技術は様々です。ここでは、特に重要な3つの概念を、皆様の研究や教育活動に関連付けながら平易に解説します。これらの技術は独立しているのではなく、相互に連携しながら創薬プロセス全体を革新しようとしています。
AI技術は、創薬研究開発の特定の工程だけを代替するのではなく、パイプライン全体をシームレスに連携させ、効率化することを目指しています。各ステージでAIがどのように活用されているか、具体的な事例を交えて見ていきましょう。
研究開発ステージ | 主要な課題 | 活用されるAI技術 | 具体的な応用例 |
標的探索 | 新規作用機序の発見、標的の妥当性評価 | 自然言語処理(NLP)、グラフニューラルネットワーク(GNN) | FRONTEO社の文献解析AI 、Insilico Medicine社のPandaOmics |
ヒット/リード最適化 | 薬効、安全性、物性の多目的最適化 | 生成AI、幾何学的深層学習(Geometric DL) | Exscientia社設計のDSP-1181 、Google DeepMind社のAlphaFold3 |
非臨床試験 | ADMET/毒性の早期予測、動物実験の削減 | 予測機械学習/深層学習モデル | 各社が開発するin silico ADMET予測プラットフォーム |
臨床試験 | 患者リクルートの遅延、膨大な文書業務 | 大規模言語モデル(LLM)、RWD解析 | 中外製薬とソフトバンクの臨床開発特化LLM |
AI創薬の進展を支える背景には、いくつかの画期的な技術的ブレークスルーが存在します。ここでは、特に今後の創薬研究のあり方を大きく変える可能性を秘めた3つの技術を掘り下げます。
AIモデルの性能は学習データの量と質に依存しますが、創薬において最も価値のある化合物データは、企業の競争力の源泉であり、社外秘の塊です 。この「データを出さずに、共同で高性能なAIを作りたい」というジレンマを解決するのが「連合学習(Federated Learning)」です 。この技術では、各企業が自社のサーバー内にデータを保持したまま、AIモデルの学習に必要な計算結果(パラメータ)のみを中央のサーバーで集約し、モデルを賢くしていきます。生データが移動しないため、機密性を保ったまま、あたかも巨大な統合データで学習したかのような高性能モデルを構築できるのです 。この分野で世界をリードしているのが、日本のAMED主導のプロジェクト「DAIIA」から生まれたElix社とLINCのプラットフォームです。製薬16社のデータを連合学習させ、ADMET予測や標的予測を行うAIモデル群を世界で初めて事業化しました 。これは、日本が誇る協調的イノベーションの象徴的な成果と言えるでしょう。
医薬品の多くは、標的となるタンパク質の特定の部位(ポケット)に結合することで作用を発揮します。そのため、この3D構造にぴったり合う化合物を設計できれば、創薬の成功確率は飛躍的に高まります。Google DeepMind社が開発した「AlphaFold」は、タンパク質の立体構造予測に革命をもたらしましたが、2024年に発表された最新版「AlphaFold3」は、さらにその先へと進みました 。AlphaFold3は、タンパク質だけでなく、DNAやRNA、そして医薬品候補となる低分子(リガンド)との相互作用までを極めて高い精度で予測できます 。これにより、従来は専門家の経験と勘、そして膨大な計算時間を要したドッキングシミュレーションに代わり、AIが迅速かつ正確に「どの化合物が、どのようにターゲットに結合するか」を提示できるようになります。これは、これまで創薬が困難だった標的に対する新たなアプローチを可能にする、まさにゲームチェンジャーと言える技術です。
ChatGPTに代表される「基盤モデル(Foundation Models)」は、特定のタスク専用に作られるのではなく、非常に広範で大量のデータを学習することで、様々なタスクに応用できる汎用的な能力を獲得したAIモデルです。この概念が、今、生命科学の分野にも応用され始めています 。ゲノム配列、タンパク質構造、遺伝子発現プロファイル、化学構造式といった、生命を構成する多様なモダリティのデータを統合的に学習した「生命科学のための基盤モデル」が構築されつつあります 。これにより、例えば「この遺伝子変異を持つ患者群には、どのような特徴を持つ化合物を設計すれば効果が期待できるか?」といった複雑な問いに対し、AIが多角的な情報から仮説を生成する未来が期待されています。これは、個別の予測モデルを多数構築する時代から、一つの巨大な「生物学的思考エンジン」を活用する時代への移行を示唆しています。
日本のAI創薬エコシステムが協調と連携を特徴とする一方で、世界では多様なビジネスモデルが試みられ、市場の厳しい洗礼を受けています。グローバルな視点を持つことは、日本の立ち位置を客観的に理解する上で不可欠です。
世界のAI創薬企業は、大きく2つのビジネスモデルに大別されます。一つは、自社のAI技術を「プラットフォーム」として製薬企業に提供し、ライセンス料や共同研究の成功報酬で収益を上げるモデルです。物理ベースの計算化学プラットフォームで業界をリードするSchrödinger社がその代表格で、大手製薬企業との大規模なソフトウェア契約や共同研究を通じて安定した事業基盤を築いています 。もう一つは、自社のAIプラットフォームを駆使して、自前で医薬品候補の「パイプライン」を創出し、臨床開発を進めて最終的に製品化を目指す「TechBio」モデルです。Insilico Medicine社やRecursion社がこのモデルを追求しており、成功すれば莫大なリターンが期待できる一方で、創薬のすべてのリスクを自社で負うハイリスク・ハイリターンな戦略です 。
AI創薬への期待が最高潮に達した後、市場は現実的な評価の段階へと移行しました。この過程で、多くの企業が戦略の見直しを迫られています。その象徴が、2024年に同業のExscientia社を買収したRecursion社が、翌2025年に大規模なパイプラインの絞り込みとそれに伴う人員削減を発表したことです 。これは、AIプラットフォームを持つことと、それを商業的に成功する医薬品パイプラインに繋げることの間には、依然として大きな隔たりがあることを示しています。また、BenevolentAI社は、技術プラットフォーム企業から自社創薬企業への転換を図りましたが、膨大な研究開発費が経営を圧迫し、市場の評価を得られず、再び技術提供を中心としたビジネスモデルへと回帰する決断を下しました 。これらの事例は、AIが魔法の杖ではなく、創薬の長く険しい道のりを効率化するための一つの強力なツールであるという、冷静な視点を与えてくれます。
企業名 | 主要ビジネスモデル | 技術的焦点 | 特徴的な戦略・動向 |
Schrödinger (米) | プラットフォーム/SaaS | 物理ベースシミュレーション、幾何学的深層学習 | 大手製薬企業(例: Novartis)との大規模なソフトウェア・共同研究契約 |
Insilico Medicine (中) | End-to-End パイプライン | 生成AI(標的探索から分子設計まで一気通貫) | AIが発見・設計した特発性肺線維症治療薬が第II相臨床試験で良好な結果 |
Recursion (米) | End-to-End パイプライン (ハイブリッド) | フェノミクス(細胞画像解析)、機械学習 | 2025年に大規模なパイプライン再編を実施し、重点領域に資源を集中 |
Elix (日) | プラットフォーム/SaaS | 連合学習、生成AI | 世界初の製薬企業16社による連合学習プラットフォームを事業化 |
AI創薬の輝かしい可能性の裏には、研究者や開発者が日々直面している根深い課題が存在します。これらの課題を理解することは、現実的な研究計画や教育プログラムを設計する上で極めて重要です。
AIモデルの性能は、学習に用いるデータの質と量によって決まります。これは「Garbage In, Garbage Out(ゴミを入れれば、ゴミしか出てこない)」というコンピュータ科学の基本原則に他なりません 。創薬研究のデータは、①施設ごとに実験条件やデータ形式が異なり標準化が難しい、②成功した実験データは豊富だが、失敗した実験(ネガティブデータ)はほとんど公開されないため、モデルにバイアスが生じやすい、③そもそも高品質なデータが特定の疾患領域やターゲットファミリーに偏っている、といった深刻な課題を抱えています 。連合学習のような技術はデータの機密性問題を解決しますが、元となるデータの質が低ければ、高性能なモデルは生まれません。データの標準化とキュレーションは、AI創薬における最も地道で、しかし最も重要な作業です。
AI、特にディープラーニングモデルは、なぜその結論に至ったのかを人間が完全に理解することが難しい「ブラックボックス」的な性質を持つことがあります。このようなモデルを、医薬品の承認審査という厳格な科学的評価の場でどのように扱えばよいのか。これは、日米欧の規制当局が直面している大きな課題です。PMDA、FDA(米国食品医薬品局)、EMA(欧州医薬品庁)は、AIモデルの信頼性を担保するためのガイドライン策定を進めています 。その中心的な考え方が「GMLP(Good Machine Learning Practice)」です 。これは、AIモデルの開発、検証、そして市販後の性能維持・管理まで、ライフサイクル全体を通じて信頼性を確保するための実践的な指針であり、今後の医薬品開発における新たな標準となる可能性があります 。
AI創薬の成功は、最先端のアルゴリズムだけでなく、それを使いこなす組織の在り方にかかっています。しかし、多くの製薬企業や研究機関では、実験を通じて仮説を検証する生物学者や化学者(ウェットラボ)と、コンピュータ上でデータを解析するデータサイエンティスト(ドライラボ)との間に、文化や言語、思考プロセスの断絶が存在します 。ウェットの研究者はAIを単なるツールと見なし、ドライの研究者は生物学的な実験の複雑性を軽視しがちです。この壁を乗り越え、両者が対等なパートナーとして、データと実験結果を迅速にフィードバックし合う「Lab-in-the-loop(ループの中の実験室)」の体制を構築できるかどうかが、組織としての競争力を左右します 。中外製薬が経営トップの強いリーダーシップのもとで全社的なDX(デジタル変革)を推進しているのは、こうした組織文化の変革が不可欠であるという認識の表れです 。
AI創薬の潮流は、皆様の研究活動や次世代の人材育成にどのような変化を促すのでしょうか。最後に、医療研究者と薬学部教員の皆様にとっての実践的な意味合いを考察します。
2025年、AI創薬は過度な期待が先行した黎明期を終え、臨床応用という形で着実に成果を生み出し始めると同時に、その技術的・組織的・倫理的な課題と向き合う、より成熟したフェーズへと移行しました。日本は、連合学習プラットフォームの事業化など、世界に誇るべき強みを持っています。
AIは、創薬における万能の解決策(マジックバレット)ではありません。しかし、それは間違いなく、研究開発のあり方を根本から変革し、これまで治療法がなかった疾患に苦しむ患者さんに新しい希望をもたらす可能性を秘めた、最も強力なツールの一つです。
この大きな変革の時代において、医療研究者そして教育者である皆様の役割は計り知れません。AIの可能性を正しく理解し、その限界を見極め、倫理的な配慮のもとで研究や教育に導入していくこと、そして何より、AIにはできない、生命への深い洞察と倫理観に基づいた最終的な判断を下すこと、さらに、これらのことに主体的な担い手として関わっていくことこそが、AI創薬を持続可能で真に患者さんのためになる技術へと進化させる鍵となると考えられます。
本記事は、AI創薬に関する情報提供を目的として作成されており、2025年8月時点の公開情報に基づいています。内容の正確性については万全を期しておりますが、その完全性や最新性を保証するものではありません。本記事の情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、当方は一切の責任を負わないものとします。また、本記事は医学的、投資的、法的な助言に代わるものではなく、最終的な判断はご自身の責任において行ってください。
本記事は生成AIを活用して作成しています。内容については十分に精査しておりますが、誤りが含まれる可能性があります。お気づきの点がございましたら、コメントにてご指摘いただけますと幸いです。
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