1.はじめに – 岐路に立つ日本の創薬とAIという名の羅針盤
日本の創薬力、その未来を担う医療関係者の皆様。今、私たちのいる臨床研究のフィールドは、大きな変革の波に直面しています。その現状を浮き彫りにしたのが、2025年1月29日に開催された第39回厚生科学審議会 臨床研究部会 です。この部会で、浜松医科大学の渡邉裕司教授が提示した資料『我が国の創薬力向上を目指して』 は、日本の創薬が直面する喫緊の課題を明確に示しました。また、2025年6月、厚生科学審議会臨床研究部会は「が治験・臨床試験の推進に関する今後の方向性について 2025年版とりまとめ(案)」を示しています。これらの資料が示した今後の方向性は、国際競争力の強化から症例集積力の向上、手続きの効率化まで、多岐にわたる課題への取り組みを求めています。
特に深刻なのは、「ドラッグラグ」から、新薬開発の対象から外される「ドラッグロス」への移行です。海外で承認された薬が日本で使えない、いわゆる国内未承認薬の割合は、直近5年間の集計で2016年の56%から2020年には72%へと増加しており 、日本の市場としての魅力が低下していることの証左に他なりません 。
本記事では、この公式な議論の場で提示された課題を出発点とし、AIが臨床試験の現場をどう変えうるのか、その光と影、そして私たち研究者・教育者が今何をすべきかを、ステップ・バイ・ステップで徹底解説します。単なる未来予測ではなく、現場で役立つ知識と、明日からのアクションに繋がる洞察をお届けすることをお約束します。
2.なぜ今なのか?臨床研究部会が示した日本の創薬が直面する「壁」
AIの役割を理解する前に、私たちが今どのような「壁」に直面しているのかを正確に把握する必要があります。この臨床研究部会で提示された資料 を基に、特に重要な4つの課題を整理してみましょう。
- 壁①:FIH(First-in-Human)試験実施体制の脆弱性 新薬の種(シーズ)を初めてヒトに投与するFIH試験は、創薬プロセスのまさに第一歩です。臨床研究中核病院には、このFIH試験を実施できる体制の確保が要件として求められています 。しかし、アカデミア発の優れたシーズを、迅速に臨床POC(Proof of Concept:概念実証)まで繋げる環境が、まだ十分に機能しているとは言えません 。
- 壁②:ドラッグロスの深刻化と国際競争力の低下 前述の通り、海外の新薬が日本で承認申請すらされない「ドラッグロス」が深刻化しています 。これは、日本のマーケットとしての魅力が低下し、海外の製薬企業から日本への投資優先度が下がっていることが一因です 。この状況への対策として、重篤性などを考慮した優先順位付けや、日本で開発した医薬品の海外展開をサポートする体制の構築が急務とされています 。
- 壁③:手続きの複雑さと非効率性(Single IRBとDCT) 多施設共同試験において、各施設が個別に倫理審査を行う非効率を解消するため「Single IRB(中央倫理審査)」の原則化が求められています 。これにより審査の質の向上や資源の節約といったメリットが期待される一方、各施設の審査レベル向上を妨げるなどのデメリットも指摘されています 。また、患者さんが来院せずに治験に参加できる「分散型臨床試験(DCT)」も、その推進には日本と海外での必要性の違いや、試験としての効果を吟味する必要があるとされています 。
- 壁④:臨床研究中核病院の本来の意義 国際水準の臨床研究を牽引する役割を期待されて医療法上に位置づけられた臨床研究中核病院ですが、その真価が十分に発揮されているとは言えない状況です 。優れた研究者や被験者を集積させ、質の高い臨床研究・治験を数多く実施するという好循環を生み出す という本来のミッションに、改めて向き合う必要性が示唆されています 。
これらの根深い課題を解決するために、私たちは従来の発想や手法の延長線上ではない、非連続的なイノベーションを必要としています。そこで登場するのがAIなのです。
3.AIは救世主か?治験・臨床試験を変革する具体的アプローチ
では、AIは具体的にどのようにこれらの「壁」を乗り越える手助けをしてくれるのでしょうか。国内外の先進事例を基に、その可能性を紐解いていきましょう。
- 患者リクルートメントの革命:AIによる「見つける」から「予測する」へ 治験成功の鍵を握る症例集積。従来は医師の経験や人海戦術に頼りがちだった適格患者の探索を、AIが劇的に変えようとしています。例えば、富士通は生成AIを用いて電子カルテの自由記述(医師の所見など)を構造化データに変換し、治験候補者を90%近い精度で抽出、選定時間を3分の1に短縮する実証実験に成功しました。これは、AIが膨大な非構造化データの中から、プロトコルに合致する患者さんを高速かつ高精度に探し出せることを意味します。将来的には、患者さんのデータを基に「どの治験で効果が期待できるか」を予測し、個別化された治験参加を提案する時代が来るかもしれません。
- 文書作成・管理の自動化:研究者が「作業」から「思索」へ 治験総括報告書(CSR)や各種申請書類の作成は、研究者やメディカルライターにとって膨大な時間を要する業務です。塩野義製薬では、社内文書を学習させたAIが、過去の類似文書やデータを基にドラフトを自動生成するシステムを開発し、業務の15〜20%の効率化を実現しています。これは「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」と呼ばれる技術で、AIが単に文章を生成するだけでなく、正確な根拠データを参照しながら回答するため、信頼性が高いのが特長です。これにより、研究者は煩雑な「作業」から解放され、本来注力すべき科学的な「思索」やデータ解釈に多くの時間を費やせるようになります。
- 臨床開発の統合的支援:AIエージェントによるプロセスの自動化 さらに進んだ取り組みとして、中外製薬、ソフトバンク、SB Intuitionsの連携が挙げられます。彼らは、薬事業界に特化した大規模言語モデル(LLM)と、自律的に業務を遂行する「AIエージェント」を開発し、臨床開発プロセス全体の自動化を目指しています。これが実現すれば、新薬開発のリードタイムは劇的に短縮され、日本の国際競争力は飛躍的に向上する可能性があります。
- FIH試験と早期臨床開発の加速 オランダのCHDR(Centre for Human Drug Research)は、早期臨床開発に特化した独立研究機関として成功を収めています。彼らの強みは、開発の初期段階で可能な限り多くの情報を収集し、スポンサー企業の意思決定を支援することにあります 。日本でも、北海道大学病院などがFIH試験可能なPhase I施設を整備し、アカデミア発のシーズを臨床開発に繋げる取り組みを進めています 。ここにAIを組み合わせることで、薬物の効果や副作用をより高精度に予測し、付加価値の高いFIH試験を実施することが可能になります
4.理想と現実のギャップ – AI導入現場のリアルな声と課題
AIがもたらす未来は輝かしく見えますが、その道のりは平坦ではありません。医療研究者、そして教育者として、私たちはその「理想」と「現実」のギャップを直視する必要があります。
- 課題①:データの「質」と「壁」 AIにとって最も重要な「燃料」はデータですが、日本の医療現場のデータはAIがそのまま利用できるほど綺麗ではありません。電子カルテのメーカーは多岐にわたり、フォーマットもバラバラ。そもそも、多忙な臨床医が入力するデータは、研究利用を想定していない非構造化テキストや略語が多く、AIが解析する前の「データクレンジング」に膨大な労力が必要です。病院間のデータを連携させようにも、強固なセキュリティや個人情報保護の「壁」が立ちはだかります。この「データ問題」を解決しない限り、AIは宝の持ち腐れとなってしまいます。
- 課題②:規制と倫理のグレーゾーン AIが治験候補者を選定したり、プロトコル変更を提案したりした場合、その判断の妥当性や公平性をどう担保するのでしょうか。万が一、AIの判断に起因する有害事象が発生した場合、その責任は開発者、導入した医療機関、それとも最終的に承認した医師にあるのでしょうか。AIの活用に関する明確な規制ガイドラインや倫理指針はまだ整備の途上にあり、現場は手探りで進まざるを得ないのが現状です。Data Ethics(データ倫理)に関する議論を、技術開発と並行して進めることが不可欠だと思います。
- 課題③:ヒトと組織の「変化への抵抗」 最も大きな障壁は、実は技術ではなく「人」と「組織」かもしれません。新しいテクノロジーの導入は、既存の業務プロセスや役割分担の変更を伴います。これに対する現場の心理的な抵抗は想像以上に大きいものです。また、「AIに仕事が奪われるのではないか」という漠然とした不安も存在します。AIを使いこなし、その恩恵を最大化するためには、トップダウンの導入だけでなく、現場のスタッフ一人ひとりのAIリテラシーを向上させ、AIと人間が協働する新しい働き方を組織全体で模索していく地道な努力が求められます。
5.明日からのアクションプラン – 研究者・教育者が今すぐ始めるべきこと
では、この大きな変革期において、私たち研究者や教育者は具体的に何をすべきなのでしょうか。遠い未来の話だと傍観するのではなく、明日から始められるアクションプランを提案します。
- 【研究者の皆様へ】「AI×自身の専門領域」の交差点を探す まずは、ご自身の研究テーマとAI技術の接点を探してみましょう。例えば、画像診断が専門であれば画像認識AIの最新論文をチェックする、ゲノム研究者であれば遺伝子データ解析のAIアルゴリズムを試してみるなど、小さな一歩で構いません。いきなり大規模なシステムを導入しなくても、Pythonのライブラリや公開されているAIツールを使えば、手元のデータで何ができるかを探ることは可能です。また、医療に特化したLLMや創薬に特化したLLMも登場しています。重要なのは、AIを「魔法の箱」ではなく「強力な分析ツール」として捉え、自分の研究をどう加速できるかという視点を持つことです。
- 【教育者の皆様へ】次代の学生に「AIリテラシー」を授ける これからの薬剤師や医療研究者にとって、AIリテラシーは英語力と同様に必須のスキルとなります。薬学教育の中に、基本的なプログラミング、データサイエンス、医療情報学の要素を組み込むことが急務かもしれません。例えば、統計学の授業でAIによる予測モデルの構築を体験させたり、倫理学の授業でAI倫理のディスカッションを取り入れたりすることが考えられます。学生たちが、AIを正しく理解し、批判的な視点を持ちながら使いこなせる「AIネイティブ」な医療人として社会に羽ばたけるよう、教育カリキュラムのアップデートが必要だと思います。
- 【両者の皆様へ】異分野連携の「ハブ」となる 創薬や臨床研究は、もはや医学・薬学の専門家だけで完結するものではありません。情報科学、データサイエンス、法学、倫理学など、多様な分野の専門家との協働が不可欠です。ぜひ、学内の工学部や情報系の研究室に足を運んでみてください。彼らは医療現場のリアルな課題や質の高いデータを求めており、私たちは彼らの持つ技術力を必要としています。こうした異分野連携の「ハブ」となり、新しい共同研究の芽を育むことが、日本の創薬力向上に繋がる最も確実な道の一つだと思います。
6.まとめ – AIとの協働で拓く、日本の創薬の未来
本記事では、日本の創薬が直面する厳しい現実から出発し、AIがもたらす変革の可能性、そしてその導入に伴う現実的な課題と、私たち研究者・教育者が取るべき具体的なアクションについて解説してきました。
AIは、私たちの仕事を奪う脅威ではなく、複雑で時間のかかる作業から解放し、より創造的で本質的な業務に集中させてくれる強力なパートナーです。ドラッグロスの解消、効率的で質の高い臨床試験の実現、そして何よりも、一人でも多くの患者さんに一日でも早く新しい治療法を届けるという私たちの使命を達成するために、AIとの協働は避けて通れない道です。
2025年は、その協働を本格化させるための重要な年となるでしょう。技術の進化をただ待つのではなく、現場の知恵と倫理観をもって主体的に関わり、使いこなしていく。その先にこそ、日本の創薬力が再び世界を輝かせる未来が待っていると、私は確信しています。
【免責事項】
本記事は、2025年に開催された「第39回厚生科学審議会 臨床研究部会」の公開資料 及び、作成時点で入手可能な情報に基づき、筆者の見解を加えて作成したものです。情報提供を目的としており、内容の正確性や完全性を保証するものではありません。本記事の情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、筆者および発行者は一切の責任を負いません。
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