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日本の創薬力は復活できるか?研究者が知るべき現状と未来への処方箋

1.はじめに:なぜ今、研究者こそ「創薬力」を語るべきなのか?

医療研究者や薬学部の先生方であれば、日本の医薬品開発力がかつてに比べて低下しているという話を耳にする機会も多いのではないでしょうか。しかし、その問題の根深さや、ご自身の研究や教育にどう直結するのか、具体的にイメージするのは難しいかもしれません。今、日本の創薬力は、静かに、しかし確実に重大な岐路に立たされています。この問題は、製薬企業や政府だけのものではありません。むしろ、未来の治療の選択肢を創り出す源泉であるアカデミアにこそ、深く関わる喫緊の課題なのです。

本記事では、トップクラスの「創薬力向上」の専門家として、日本の創薬が直面する厳しい現実から、その構造的な課題、そして未来を切り拓くための具体的な戦略までを、ステップ・バイ・ステップで詳しく解説します。特に、研究者や教育者である皆様が、この大きな課題解決の主役となるために何ができるのか、アカデミアの視点を重点的に盛り込みました。この記事が、皆様の研究や教育活動の新たな指針となり、ひいては日本の医療の未来を明るく照らす一助となれば幸いです。

2.直視すべき日本の創薬の「危機的現状」

まずは、私たちが置かれている状況を正確に把握することから始めましょう。データが示す日本の創薬の現状は、決して楽観視できるものではありません。三つの側面から、その危機的な状況を解説します。

2.1. 深刻化する「ドラッグ・ラグ/ロス」:患者さんに届かない新薬

最も憂慮すべきは、革新的な新薬が日本の患者さんに届きにくくなっている「ドラッグ・ラグ/ロス」の問題です。ドラッグ・ラグは海外で承認された薬が日本で使えるようになるまでの時間差、ドラッグ・ロスはそもそも日本で開発・申請すらされない状況を指します。ある調査では、欧米で後期臨床開発段階にある新薬候補のうち、約7割が日本では開発未着手という衝撃的なデータも報告されています。このままでは、将来的に日本のドラッグ・ロス率は67%にまで拡大し、治療の選択肢が著しく失われると予測されており、これは国民の健康と生命に直結する深刻な事態です。

2.2. 国際競争力の低下:失われる日本のプレゼンス

かつて世界をリードした日本の医薬品産業ですが、その国際的な地位は急速に低下しています。例えば、革新的医薬品の研究開発における日本の投資額のグローバルシェアは、2015年の8.0%から2030年には3.8%まで半減すると見込まれています。特に、次世代の医薬品の主役であるバイオ医薬品の創薬パイプライン(開発候補品)数では、日本は米国の約8分の1、中国の約4分の1と大きく水をあけられているのが現状です。このままでは、世界の医薬品開発の潮流から取り残され、経済成長のエンジンとしての役割も果たせなくなってしまいます。

2.3. 脆弱な製造基盤と経済安全保障のリスク

創薬力の低下は、医薬品の安定供給を脅かす「経済安全保障」上のリスクにも繋がっています。現在、日本はバイオ医薬品の多くを輸入に頼っており、その貿易赤字は年間1.7兆円にものぼります。これは、海外の情勢次第で必要な医薬品が国内に入ってこなくなるリスクを常に抱えていることを意味します。新型コロナウイルスのワクチン供給で経験したように、自国で医薬品を開発・製造できる能力、すなわち「創薬力」は、有事の際に国民の命を守るための最後の砦となるのです。この製造基盤の脆弱性は、日本の製薬産業が抱える根本的な問題点を示唆しています。

3.なぜ危機は生まれたのか?構造的課題を解き明かす

では、なぜこのような危機的な状況に陥ってしまったのでしょうか。その背景には、複雑に絡み合った複数の構造的な課題が存在します。ここでは、特にアカデミアにも深く関わる三つの課題を掘り下げます。

3.1. 投資を阻む「薬価制度」の壁とイノベーション評価の課題

製薬企業が巨額の投資を行って新薬を開発する最大の動機は、特許期間中に投下した資本を回収し、次の研究開発への原資を得ることです。しかし、日本の薬価制度は毎年のように薬価が引き下げられるなど、企業にとって将来の収益予測が立てにくい構造になっています。これでは、リスクの高い創薬への長期的な大型投資に二の足を踏んでしまうのも無理はありません。特に、細胞治療や遺伝子治療、抗体薬物複合体(ADC)といった新しい作用機序を持つ「新規モダリティ」は、その画期的な治療効果や価値を現行の薬価制度で正しく評価する仕組みが不十分です。イノベーションが正当に評価されない環境が、企業の開発意欲を削いでいるのです。

3.2. アカデミアにも直結する「人材・資金」の枯渇

創薬の担い手である専門人材の不足も深刻です。臨床研究を牽引する医師や、治験を支える臨床研究コーディネーター(CRC)、生物統計家といった専門職は、長年にわたり不足が指摘されながら、十分な改善が見られていません。さらに、アカデミアの研究者にとっても他人事ではありません。大学で生まれた優れた研究シーズを事業化しようにも、日本では創薬ベンチャーを支える資金調達の仕組み(エコシステム)が脆弱です。特に、ベンチャーキャピタル(VC)からの初期投資を得た後、株式上場(IPO)を経てさらに大きく成長するための資金供給が乏しく、「100円ショップのように安く上場はできるが、その先がない」と揶揄されることすらあります。この資金の連続性のなさが、多くの有望な大学発ベンチャーの成長を阻害しています。

3.3. 制度の狭間でこぼれ落ちる「超希少疾患」の治療薬開発

患者数が少ない希少疾患(オーファンドラッグ)の治療薬開発は、採算性の問題からただでさえ困難が伴います。日本では患者数5万人未満を希少疾患と定義し、開発を支援する制度がありますが、この定義では患者数が数百人、数十人といった「超希少疾患」が十分にカバーされていません。これらの疾患は、研究者個人の熱意や努力によって研究が進められていても、開発の受け皿となる企業が見つからず、実用化への道が閉ざされがちです。アカデミアで生まれた貴重な知見が、制度の狭間で埋もれてしまっているのです。これは、研究者にとっても、そして何より治療法を待ち望む患者さんとそのご家族にとっても、非常にもどかしい状況と言えるでしょう。

4.創薬力向上の処方箋:未来を拓く5つの戦略

危機的な現状と構造的課題を踏まえ、ここからは日本の創薬力を再生させるための具体的な「処方箋」を5つの戦略として提案します。アカデミアが果たすべき役割に焦点を当てながら解説します。

戦略1: 政策の安定化と予見性の確保 ― 長期的な視点での研究開発を可能に

創薬研究は10年、20年という非常に長いスパンで考えなければなりません。そのためには、まず政府が医薬品産業を国家の基幹産業として明確に位置づけ、政権交代に左右されない一貫した長期戦略を掲げることが不可欠です。特に、前述の薬価制度については抜本的な改革が急務です。画期的な新薬の価値を適切に評価し、特許期間中は薬価を維持することで、企業が安心して研究開発に投資できる環境を整える必要があります。アカデミアとしても、こうした政策の重要性を理解し、イノベーションの価値を社会に訴えかけ、政策決定プロセスに科学的根拠を提供するなど、積極的に声を上げていくことが期待されます。

戦略2: イノベーションを正しく評価する新システムの構築 ― 新規モダリティへの挑戦を促す

従来の低分子医薬品とは異なり、抗体薬物複合体(ADC)や細胞・遺伝子治療、核酸医薬といった「新規モダリティ」は、特定の細胞だけを狙い撃ちしたり、一度の治療で根治を目指せたりと、医療に革命をもたらす可能性を秘めています。これらの医薬品の真の価値は、短期的な薬剤費だけでなく、手術や入院の減少、患者さんのQOL(生活の質)向上、労働生産性の回復といった長期的・社会経済的な効果を含めて総合的に評価されるべきです。アカデミアは、こうした新しい治療法の科学的な価値や社会的インパクトを客観的に評価する手法の開発に貢献し、その成果が正しく薬価に反映されるよう、社会や行政に働きかけていく重要な役割を担っています。

戦略3: アカデミアが主役となる「人材育成」と「資金エコシステム」の改革

創薬力向上の鍵を握るのは、間違いなく「人」です。アカデミアは、次世代の創薬を担う人材を育てる中心的な役割を担っています。これからの研究者には、深い専門性に加え、自身の研究を社会実装に繋げるための知財戦略やビジネスの視点(アントレプレナーシップ)が求められます。博士課程の学生やポスドクが、企業やベンチャー、行政など多様なキャリアパスを描けるような支援体制の構築が急務です。また、大学発の有望な研究シーズを育てるため、学内に眠る知財を発掘し、事業化まで伴走する専門家(目利き人材)の育成や、VCとの連携を強化し、研究の初期段階から事業化を見据えた資金を獲得できる仕組み作りが不可欠です。日本医療研究開発機構(AMED)などの公的資金も、より一層、産学連携やベンチャー創出を促進する設計に見直していく必要があります。

戦略4: DXと国際連携による研究開発の加速 ― AI創薬とアジア創薬ハブ構想

デジタルトランスフォーメーション(DX)の波は、創薬研究の世界にも大きな変革をもたらしています。膨大な論文や実験データをAIに学習させて創薬ターゲットを探索する「AI創薬」や、電子カルテなどの医療情報(リアルワールドデータ)を活用して臨床開発を効率化する試みは、開発期間の短縮と成功確率の向上に大きく貢献します。研究者の皆様も、こうしたデジタル技術を積極的に研究に取り入れ、異分野の研究者と連携することが重要です。また、日本の強みである質の高い臨床データと、米国等に比べて低コストな治験環境を活かし、アジアにおける創薬開発の拠点「アジア創薬ハブ」を目指す構想も進んでいます。海外の優れたシーズを日本に呼び込み、国際共同治験を主導することで、日本の創薬エコシステム全体の活性化に繋がります。

戦略5: 「Made in Japan」の復権 ― 強靭な医薬品製造基盤の再構築

優れた新薬を創出しても、それを高品質かつ安定的に製造する基盤がなければ意味がありません。特に、製造プロセスが複雑なバイオ医薬品や新規モダリティについては、国内の製造能力の拡充が急務です。この点においてアカデミアは、革新的な製造技術や品質管理手法の研究開発を担うことで大きく貢献できます。例えば、より効率的で低コストな細胞培養技術や、医薬品の品質をリアルタイムで監視する分析技術の開発などが挙げられます。こうした基礎的な製造プロセス研究が、国内製造拠点の強化に繋がり、ひいては医薬品の安定供給と経済安全保障の確立に貢献するのです。

5.未来の担い手へ:医療研究者・薬学部教員にできること

これまで述べてきたように、創薬力向上のための多くの戦略において、アカデミアは中心的な役割を担っています。最後に、読者の皆様が明日から取り組める具体的なアクションを提案します。

第一に、ご自身の研究を「社会実装」という視点で見つめ直すことです。基礎研究の段階から、特許などの知財戦略を意識し、将来的な出口(臨床応用や事業化)を考える癖をつけることが重要です。学内の産学連携部門やTLO(技術移転機関)と積極的に対話してみましょう。

第二に、異分野の研究者との交流を深めることです。医学・薬学だけでなく、理学、工学、情報科学といった多様な知見が融合することで、これまでにない革新的な創薬アプローチが生まれます。

第三に、政策提言や社会への情報発信に積極的に関わることです。学会活動や公的な委員会などを通じて、現場の声を政策に反映させる努力が求められます。

そして最も重要なのは、未来を担う学生たちに「創薬の魅力と可能性」を伝え、彼らが多様なキャリアを描けるよう導くことです。皆様の教育が、次世代の日本の創薬を支える原動力となります。

6.おわりに:希望の処方箋は、私たち自身の中にある

日本の創薬力は、確かに厳しい状況にあります。しかし、決して悲観すべきではありません。日本の大学や研究機関には、世界に誇るべき優れた基礎研究のポテンシャルが数多く眠っています。課題は、そのポテンシャルを最大限に引き出し、革新的な医薬品として患者さんの元に届けるための「仕組み」が十分に機能していない点にあります。

今回ご紹介した課題と戦略は、現在、政府の官民協議会でも活発に議論されており、2025年夏から具体的な政策検討が始まり、2026年には実際の制度改革に繋がっていく見込みです。この大きな変革の時代において、産・官・学、そして患者さんが一体となって取り組むことが不可欠です。

特に、科学の最前線に立つ医療研究者・薬学部教員の皆様の知見と情熱こそが、日本の創薬力を再生させるための最も重要な「有効成分」です。この記事が、その大きな挑戦への一歩を踏み出すきっかけとなることを、心から願っています。

参考資料:創薬力向上のための官民協議会(内閣府)https://www8.cao.go.jp/iryou/kanmin_kyogikai.html

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本記事は生成AIを活用して作成しています。内容については十分に精査しておりますが、誤りが含まれる可能性があります。お気づきの点がございましたら、コメントにてご指摘いただけますと幸いです。

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