ドラッグロスを乗り越え、世界をリードする創薬大国へ。日本の未来を切り拓く挑戦が今、始まる。
「海外では使える新しい治療薬が、日本ではまだ承認されていない…」
そんな話を耳にしたことはありませんか？ 新型コロナウイルスのパンデミックを経験し、私たちは医薬品が命や健康に直結する大切なものであることを改めて実感しました。しかし今、日本では「創薬力」、つまり新しい薬を生み出す力が、世界に比べて少し元気をなくしているという深刻な課題に直面しています。このままでは、革新的な治療を受ける機会を失いかねません。
この記事では、日本の創薬が抱える課題から、国や企業が一体となって進める「創薬大国・日本」復活に向けた壮大なプロジェクトまで、誰にでも分かりやすく解説していきます。未来の医療と私たちの健康を守るための、日本の本気の挑戦を一緒に見ていきましょう。
まず知っていただきたいのが、「ドラッグロス」という言葉です。これは、海外ではすでに承認され、多くの患者さんを救っている薬が、日本では開発すらされていない、あるいは開発が途中で中止されてしまう状況を指します。似た言葉に「ドラッグラグ」がありますが、こちらは海外での承認から日本での承認までに時間がかかる「時間差」を指すのに対し、ドラッグロスはそもそも日本市場に入ってこない、というより深刻な問題です。
なぜこんなことが起きてしまうのでしょうか。原因は一つではありません。日本の市場が海外に比べて小さいと判断されたり、新薬を開発しても利益を出しにくい薬価制度があったり、あるいは日本国内での臨床試験（治験）の環境が複雑でコストがかかる、といった複数の要因が絡み合っています。ある調査では、欧米では使えるのに日本では開発されていない薬が80品目以上もあると指摘されており、特に患者数の少ない難病や希少がんの薬でこの問題は顕著です。
この危機的状況を打開するため、政府はついに重い腰を上げました。「2026年度までにドラッグロスを解消する」という高い目標を掲げ、特に治療上の必要性が高いと判断した医薬品については、製薬企業に「この薬を開発してください」と直接開発を要請する、前例のない取り組みも始めています。これは、国民が必要とする医療を確実に届けるという、国の強い決意の表れだと思います。
皆さんが普段飲む薬の多くは、化学的に合成された「低分子医薬品」です。しかし、近年の医療を大きく変えているのが「バイオ医薬品」です。これは、遺伝子組換えなどのバイオテクノロジー（生物の持つ力を利用する技術）を使って、生物（細胞など）に作らせる薬のこと。抗体医薬などが代表例で、がんやリウマチ、その他の難病に対して、これまでの薬では難しかった高い効果を発揮します。
世界の医薬品市場では、このバイオ医薬品が売り上げの上位を独占する時代になっています。しかし、日本はこの分野で少し出遅れてしまいました。バイオ医薬品の製造には、高度で特殊な技術と設備、そして専門知識を持つ人材が不可欠ですが、その両方が不足していたのです。このままでは、世界の創薬競争から完全に取り残されてしまいます。
そこで今、日本は「オールジャパン」体制でバイオ医薬品分野の強化に乗り出しています。例えば、政府はバイオ医薬品の専門家を育てるための大規模な支援事業を開始。富山県立大学では全国に先駆けて社会人向けのバイオ医薬品人材育成講座が始まるなど、地域を挙げた取り組みも活発化しています。さらに、大手製薬企業の協和キリンが高崎市に最先端のトレーニング施設を建設するなど、産業界も未来への投資を加速させています。これは、日本のものづくりの力を、未来の薬づくりに注ぎ込もうという壮大な挑戦なのです。
革新的な新薬は、大学などアカデミアで行われる「基礎研究」の小さな発見（シーズ）から生まれることが少なくありません。しかし、その素晴らしい発見も、製品化して患者さんの元へ届ける「実用化」という長い道のりを乗り越えなければ、絵に描いた餅に終わってしまいます。この基礎研究と実用化の間には「死の谷」と呼ばれる大きな溝があり、多くの有望な研究がここで途絶えてしまうのが日本の長年の課題でした。
この「死の谷」を乗り越えるため、産（産業界）・学（大学）・官（政府）がガッチリとタッグを組む、新しい連携の形が生まれています。その象徴が、世界最先端の巨大研究施設の活用です。例えば、物質を原子レベルで観察できる次世代放射光施設「NanoTerasu（ナノテラス）」や、世界トップクラスの計算能力を持つスーパーコンピュータ「富岳（ふがく）」といった、日本の科学技術の結晶を創薬研究に積極的に利用しようという動きです。
これらを使えば、病気の原因となるタンパク質の複雑な構造を正確に解き明かしたり、無数の候補物質の中から薬になりそうなものを効率的に探し出したりと、これまで不可能だったアプローチで創薬を進めることができます。大学の優れた研究力と、製薬企業が持つ実用化のノウハウ、そして政府の強力な後押し。この三者が連携することで、日本発の画期的な新薬を次々と生み出す「創薬エコシステム」を再構築しようとしています。有望な創薬ベンチャー（スタートアップ）を国全体で育てていこうという機運も、かつてないほど高まっています。
「経済安全保障」という言葉をニュースでよく聞くようになりました。これは、国民の生活や経済活動に不可欠なものを、外国に頼りすぎず、自国で安定的に確保できるようにしようという考え方です。そして今、医薬品こそが経済安全保障の最重要品目の一つだと考えられるようになっています。そのきっかけは、やはり新型コロナウイルスのパンデミックでした。
パンデミック初期、世界中でマスクや防護服、そして医薬品の奪い合いが起こったことを覚えているでしょうか。多くの医薬品は、有効成分（原薬）や製造に必要な資材を海外からの輸入に頼っています。もし、紛争や感染症の拡大、あるいは外交関係の悪化などで輸入がストップしてしまったら、たとえ国内に製造工場があっても薬は作れなくなり、国民の命が危険にさらされてしまいます。
このような事態を防ぐため、政府は医薬品、特に未来の主流となるバイオ医薬品の製造拠点を、国内にしっかりと整備する方針を打ち出しました。これは、単に国内の産業を守るというだけでなく、有事の際にも国民の命と健康を守るための「砦」を築くという意味合いを持っています。平時には世界の患者さんのための薬を製造し、いざという時には自国民のためのワクチンや治療薬を迅速に製造・供給する。これからの創薬力は、経済力だけでなく、国の安全保障そのものを支える重要な基盤となるのです。
ここまで、日本の創薬力向上に向けた様々な取り組みを見てきました。では、これらの挑戦が成功したとき、私たちの未来はどのように変わるのでしょうか。最も大きな恩恵は、世界最高水準の医療へ、誰もが迅速にアクセスできるようになることです。これまで治療法がなかった難病の新しい薬が日本でいち早く使えるようになったり、がんの治療成績がさらに向上したりと、多くの患者さんとそのご家族に希望の光を届けることができます。
また、創薬産業が活性化すれば、質の高い雇用が生まれ、日本の経済成長にも大きく貢献します。優れた研究者や技術者が世界中から日本を目指すようになり、日本が再び「創薬大国」としての地位を取り戻せば、それは国民全体の誇りにも繋がるでしょう。もちろん、道のりは平坦ではありません。イノベーションをどう評価するかという薬価制度の議論や、長期的な視点での人材育成など、解決すべき課題はまだ山積みです。
しかし、今、日本は間違いなく正しい方向へと舵を切りました。政府、アカデミア、産業界がそれぞれの壁を越え、「国民の健康を守る」という一つの目標に向かって動き始めています。この国に住む私たち一人ひとりがこの動きに関心を持ち、応援していくことが、プロジェクトを成功に導く大きな力となります。日本の創薬の未来、そして私たちの健康な未来は、今まさに、この国の総力を挙げた挑戦にかかっているといっても過言ではありません。
本記事は、日本の創薬に関する一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、医学的な助言や特定の株式・金融商品への投資を推奨するものではありません。記事の内容については、作成時点での信頼できる情報に基づき万全を期しておりますが、その正確性、完全性、最新性を保証するものではありません。本記事の情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、執筆者および発行元は一切の責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。情報の活用は、ご自身の判断と責任においてお願いいたします。
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